【出産レポNo.88】双子を出産。保育器の赤ちゃんを見て感動!

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初めての妊娠は30歳の時で、双子でした。心拍が2つ確認できた時の感動は、今でも忘れられません。
多胎妊娠にはいわゆる安定期はなく、初期からずっと入院と自宅安静とを繰り返していました。不安ももちろんありましたが、信頼している病院だったので、医師の言葉を信じ、最後まで安静に努めました。

子宮を縛るマクドナルド術という手術をした後は、本格的に24時間寝たきりの生活を送り、管理入院も予定より早めに始めました。28週ぐらいだったと思います。それからは病院で、常に張り止めの点滴をしながら、シャワーも禁止の生活を送りました。でも毎日赤ちゃん達の心拍を測ってもらえるので、その時間がとても愛おしく、早く会いたいような、でも早産にはならないでほしいような、とても複雑な気持ちで毎日を過ごしていました。

自宅にいたら心拍は聞けないので、入院できてよかったです。
33週のとき、私の血液検査の結果が悪くなり、これ以上点滴ができなくなり、抜くことになりました。抜けばすぐに陣痛が始まります。しかしその病院には小児科がなく、33週での出産は不可能だったので、救急車で近い病院に運ばれました。

そちらでもう一度検査をすると、まだ点滴をしても大丈夫な数値だったので、もう少し出産を延ばすことにしました。しかし点滴の差し替えや救急車での搬送などが刺激になってしまったようで、陣痛が始まってしまったのです。このまま夜になれば、小児科医の当直は1人になります。しかし双子出産の場合、それぞれの小児科医が2人必要になるため、待っている時間はないということで、その場で緊急帝王切開となりました。

救急車で運ばれた初めましての病院、医師、助産師さんに囲まれて、とても不安でしたが、ただただ無事に産まれてほしいという気持ちでいっぱいでした。
16時に手術が決定し、18時には2人とも産まれてきてくれました。1人目は体こそ小さいものの、何の問題もなく、産まれてすぐにキスをさせてもらいました。2人目はまだ肺ができておらず、見せてもらうことがないまま呼吸器につながれてしまいました。

その後私は出血がひどく、真夜中まで処置が延びてしまいました。その後数日は離床指示がでずに寝たきりの状態で、NICUにいる赤ちゃんに会いに行くことができませんでした。しかし助産師さんが、毎日写真を撮ってきてくれて、それがかわいくて仕方ありませんでした。ようやく体を起こせるようになった時、帝王切開の痛みが激しかったですが、会いたい一心で、車椅子を押して赤ちゃんに会いに行きました。保育器越しに赤ちゃんをみたとき、心拍を確認した時以来の感動が襲ってきて、幸せな気持ちでいっぱいになりました。