【出産レポNo.41】陣痛の中、母親と一緒に15分歩いて産院へ

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初めての出産は27歳の時でした。私は看護師でOPE室で勤務していた事もあったので、新生児の誕生には何度も立ち合った経験がありました。OPE室での誕生は帝王切開のみです。私は帝王切開ではありましたが、胎児がどの様にこの世界に出てくるかは学んで知っている積りでした。

しかし、現実はそんな事を思い出す余裕もありませんでした。産まれたのは妊娠38週でした。予定よりも2週間早く誕生しました。陣痛を感じてから出産まで10時間でした。出産は普通分娩です。朝5時頃に腹痛で起床しました。普段ならもっと寝ているはずなのですが、寝ていられない痛みでした。

友人には陣痛はいまだかつてない痛みと言われていました。今のこの痛みは未だかつてあるか?と自問自答しながらお腹に問いかけていました。その時はまだ我慢出来る痛みでしたが、きっとこれが陣痛だと思い産院に電話して病院に向かいました。

取り合えず、夕べ下剤を内服していたので排便だけは済ませておこうと思って食べ物をお腹に入れて、トイレで排便しました。その後、母親と自分の支度が出来てから産院に向かいました。普通なら歩いて15分程の場所にあります。
痛みがある時は立ち止まって波が去るのを待ち、痛みが無い時に歩いて移動しました。目的地まで最後まで歩いて行きました。

病院へは自分の母親と一緒に行きました。その1カ月前から実家に帰っていたので看護師として働く母親はその日仕事を休み、一緒に向かってくれました。主人には病院に付いてからメールを送りました。ただ、いつも昼まで寝ているので、その段階では全く気付いていない状態でした。

産院に持って行ったものは、予め産院から指定された荷物でした。バスタオル、タオル、歯ブラシ、産褥ショーツ、パジャマ、下着、パッド、洗顔、後は私の必要なスマホと本、充電器などです。カバンの中に既に入れていたので母親に持ってもらいながら病院に向かいました。

陣痛で起床し、自宅のトイレでおしるしの出血もありました。破水は出産中にありました。産院に着いたのは平日の金曜日の朝7時頃です。まだ病院は開いていなかったので、通用門から入り看護師さんに部屋に案内されました。

その後は子宮口が開くまでTVを見たりして過ごしていました。母親はそのまま付き合ってくれていましたが、TVを見たり本を読み始めてしまいました。
私はTVを見て、陣痛にあえぐと言うのを一人繰り返しました。ブラインドの向こうでは学生が学校に向かって歩いています。痛みがなくていいなと思ってみていました。

看護師さんが腰をマッサージしてくれました。ただ、私は全く腰に痛みがなかったので何の効果があるのかは分かりませんでした。看護師さんは仕切りに無痛分娩でもいいですよと促してくれました。出来るだけ自然で、と思っていたので我慢しました。

何度か看護師さんが子宮口の開き具合を確認しにきました。子宮口が開き出した13時頃そろそろ分娩室に移ろうかと言われて移動。その時には既に前開きの服に着替えていました。分娩台に乗せられて、左前腕にルートキープとして注射をし点滴を開始します。痛みはかなりの苦痛を伴い、分娩台の上向きに寝ころぶ事もままならない状態でした。

その時医師に無痛分娩にするか?と問われたので、私はあまりの痛みに無痛分娩を希望しました。注射は背中から行います。既に胎児がかなり降りてきているので注射もなかなか入りません。3回目でようやく目的の場所に注射する事ができました。

しかし、30分待っても効果があるとは思えなかったのです。薬の量を増やしたり時間まで待ちましたが、これ以上は・・との事でそのまま分娩に移りました。後で聞くと腰痛を発する陣痛の人の場合には効果がありますが、腰痛の無かった私にはあまり意味のない選択だったようです。

会陰部の切開の時には麻酔無しで全く痛みは無かったので、麻酔は効いていたんだなと思いました。無痛分娩の注射をする頃に主人が病院へ到着しました。看護師さんに立ち会ってもらうかと問われましたが、私はこんな状態を見られたくないと思い断りました。

14時30分頃、何度かイキんでようやく出産する事が出来ました。最後は先生に上から押してもらいました。結局、呼吸の方法も全く思い出す事もなく、怒濤の様に時間が過ぎていきました。やはり初めての出産は、いくら机上で勉強していても訳が分からないままに過ぎてしまうものだなと思いました。