【出産レポNo.56】母親教室で習ったソフロロジーを実践!

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「子宮口がすでに3センチ開いているので、予定より早い出産になると思う」そう告げられたのは、37週での妊婦健診の初めての内診でした。30歳での出産でしたが、元々持病があったためにリスク分娩になると、大学病院で出産をすることになりました。持病があり、なおかつ体力的に自信もなかったために、帝王切開での分娩になるかと思いましたが、自然分娩で行こうと担当の医師から説明がありました。

37週に入ると、たびたび前駆陣痛が起こっていたために、陣痛が先に来るだろうと思いました。実際私の周りも陣痛やおしるしから出産の方が多かったので、自分もそうなるかもと勝手に思い込んでいました。38週3日の早朝4時。定期的な時間で下腹部が痛くなる感じがして、寝ている母親を起こしにいきました。実家に里帰りしたたった3日目のできごとでした。

そのときに、ぽんと下腹部がはじけた感覚がし、生あたたかい水が足を伝ったのです。破水でした。急いで病院に連絡をすると「入院の準備を持ってできるだけ早く来てください」とのこと。母と一緒に車で病院に向かいました。朝5時には病院に到着し、陣痛室へ。6時に夫が駆けつけてくれました。

感染を防ぐために陣痛誘発剤を点滴し、昼の12時を目安に陣痛をピークに持っていくと医師から説明されました。定期的に下腹部痛がきましたが、朝食はすべて食べられるほどの余裕がありました。しかし、きっちり12時になると陣痛がピークに。声も出せないまま、想像していたよりはるかに強い痛みに深呼吸をすることしかできません。

汗だくになる私に母も驚き、汗を拭くことさえできなかったようです。徐々に痛くなる陣痛と違い、誘発剤で急激に痛みのピークが来たためにいきみ逃しをする余裕さえありませんでした。痛みでところどころ記憶もなく、気が付くと母から夫に付き添いが変わっていました。

その後すぐに助産師さんが、「頭が見えてきているから分娩台へ行こう!歩ける?車いす乗る?」と聞いてくれましたが、もはや返事をする余裕もなく、「行かなければ」だけ考え身体を動かしました。

助産師さんに支えてもらって立ったところまでは覚えていますが、気が付くと分娩台でした。後から聞くと、支えてもらいながら自分で歩いて分娩台へ向かったそうです。「チョー安産だよ!」と助産師さんたち。初産のため、夕方ごろに生まれると思っていたようですが、分娩台には13時に上がりました。

そこから必死にいきみました。とにかく母親教室で習った、ソフロロジーの呼吸法に集中することで精いっぱい!あまりに痛いと、人間声を上げることもできないと痛感しました。気が付くと枕元に夫がいてくれて、必死で声をかけて汗を拭いてくれていました。

赤ちゃんの頭が途中で止まってしまい、陣痛誘発剤を追加され、さらに強い痛みに気を失いそうになりました。「下見て!」との助産師さんの言葉に必死で足元を見ると、するっと赤ちゃんが出てきて不思議と陣痛もピタッと治まりました。

気が付けば私の周りを取り囲むように多くの助産師さんが付いてくれていて、必死で声をかけてくれていたようです。病院に着いてから出産までは約9時間。陣痛も出産後の痛みも想像以上でしたが、赤ちゃんが出てきた瞬間は忘れることができない、かけがえのない経験になりました。